「あなたへのダイアリー」 (最終章 アフリカ ~この空の下に~)-1-

アフリカ ~この空の下に~ 

 荒涼とした大地に朝日が昇る時、あたり一帯は眩(まばゆ)いオレンジ色の光に包まれる。草も木も空も風も、そして人も獣たちも。やせ細った太陽は、弱々しいが、しかし確実にその光を地平線の彼方から届けてくれている。その太陽の光が、ここ数日降り続いた雨のおかけで潤った沼の水に反射して輝いている。

 もう、いいのだ。もう、渇きに耐えなくてもいいのだ。

 自由に生きていいのだ。神の慈悲は与えられたのだから……。

 

 亮介が亡くなって七年の月日が流れた。高校を卒業した後、地元の大学を卒業した優子は、東京で一人暮らしをしながら、今は、海外で医療活動を行う団体で看護師として働いている。大学を選ぶ時、医者になることも考えたようだが、源治には “より患者に寄り添える看護師になりたい” と言い、医大ではなく国立大学の看護学科へ行かせてもらうことにした。優子が経済的な理由から、そう言っていることは源治も分かっていたが、自分の年齢を考えてみても優子の望みを叶えてやることはできなかった。

「優子ちゃん、いつ出発なんだい?」

 ジャイアンツの帽子をかぶった写真館の店主は、きみ寿司のカウンターの一番奥に座り、つまみに出された枝豆を片手にビールを飲んでいる。

「まったくお前は! 飯食う時ぐらいその汚ねえ帽子を脱げよ」

 源治は、口は悪いが仕事の丁寧さは相変わらずだ。

「ああ、わかったよ。で、いつなんだい?」

 写真館の店主は、脱いだ帽子を空いていた隣の席に置くと、さっき注文した好物のカレイのから揚げが、そろそろできそうか源治の手元を覗き込んだ。

「さあな。でも、来月には行くみたいだ」

 源治は気のない素振りだったが、厨房に掛けられたカレンダーには、夏まつりの前日に赤い丸印がつけられていた。

「そうか、それにしても遠いよな、アフリカは……。なんで、よりによってアフリカなんだい?」

「さあ、でも、優子が自分で希望を出したみたいだがな」

 優子にアフリカ行きを告げられた時、さすがに源治もそれには驚いた。仕事がら、海外勤務になることは承知していたが、写真館の店主ではないが、“なんで、よりによってアフリカなんだ!” と、電話の向こうの優子に思わず怒鳴ってしまった。しかし、優子の決意は固く、三年間だけという条件でアフリカ行きを許した。

「心配だろ?」

「何が?」

「何がって、優子ちゃんに決まっているだろ。嫁入り前の女の子がアフリカだなんて」

「大丈夫だよ。あいつは。それにもう、あいつも二十四だ。女の子って歳じゃねえよ」

「そうかい? でもなぁ、俺にとっては優子ちゃんも貴美ちゃんも、まだ青春真っ只中の高校生のままなんだよ」

「相変わらず浪花節だな。おまえは」

「ああ、そうさ。悪いか。でもさ、俺は好きだったんだよ。貴美ちゃんや優子ちゃんが元気に学校へ行く姿を見たり、学校帰りに俺の話に付き合ってくれて一緒にジャイアンツの話をしたりするのが……。俺は好きだったんだよ」

 写真館の店主は脱いだ帽子を再びかぶり、源治に泣き顔を見られないように帽子のつばを下げた。源治は、やはりこの男は浪花節だなと思った。

「ほれ、カレイのから揚げ、できたぞ。あったかいうちに食えよ。帽子脱いで」

「うん……。うん」

 写真館の店主は、もう一度帽子を脱いで隣の席にそれを置くと、箸を割って出されたカレイのから揚げを食べた。その姿を見ていた源治は、この男はこの男なりのやり方で貴美子と優子の青春時代を見守ってくれていたんだなと思い、言葉にはしなかったが心の中で礼を言った。

「それ、サービスしてやるよ」

「え、いいのかい?」

「いいよ。今日はサービスだ」

「悪いな、じゃあ、俺、明日も来るよ」

「ばか、今日だけだよ。明日はねえよ」

「わ、わかっているよ」

 源治はカレンダーに目をやった。そして、あとひと月も経たないうちに優子がアフリカに行ってしまうかと思うと、写真館の店主の手前、強がっては見たものの、内心ではやはり寂しくて仕方がなかった。(つづく

 

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