小説

「めぐり逢う理由」 (最終章 めぐり逢う理由)-3-

やっと言えた。 それは、消え入るような小さな声だったが、 でも、しっかりと、はっきりと言えた。 おそらく、……完璧だった。 あれから、百年もの時が経ってしまったが……。 「美雪……」 美雪の囁いた呪文で魔法をかけられた現太は言葉を失っていた。 「現太さ…

「めぐり逢う理由」 (最終章 めぐり逢う理由)-2-

美雪が海岸通りまでやって来ると、観光客相手の車屋姿がすっかり板についた現太が、今日は暇なのか、土手に寝転んで川の流れを見つめていた。 「現太さん」 美雪の掛けたその声に現太が驚いたように振り返った。 「み、美雪? どうしてここに……」 「現太さん…

「めぐり逢う理由」 (最終章 めぐり逢う理由)-1-

めぐり逢う理由 あの頃……。そう、美雪がまだ幼かった頃、美雪の住む町の外れに新しい橋が架けられた。それから二十年の歳月が過ぎ、美雪は誰もが羨む素敵な女性に成長し、橋にはその名に相応しい貫禄が付いた。 龍背大橋……その橋にはおよそ四百年の歴史があ…

「めぐり逢う理由」 (第六章 ばいばいげんちゃん)-3-

数日後、佳恵のもとに帝都銀行の梶原常務から、息子の清太郎と美雪の婚約を解消したいとの申し出があった。佳恵は美雪が望まない結婚をしなくて済んで内心ほっとしたが、同時に帝都銀行からの融資のことが頭をよぎった。しかし、何故か梶原はこれまで通り五…

「めぐり逢う理由」 (第六章 ばいばいげんちゃん)-2-

夜、村上が言っていた通り、品川のウエストリッチホテルの最上階に美雪と佳恵、それに帝都銀行常務の梶原夫妻と一人息子の清太郎の姿があった。 「やあやあ、佳恵さん、それに美雪さん。今日の結納式は実によかった。これで二人は晴れて婚約ということだな。…

「めぐり逢う理由」 (第六章 ばいばいげんちゃん)-1-

ばいばいげんちゃん 美雪が婚約した。 そんな社内の噂話を真っ先に耳にしたのは、美雪に対して偏った愛情をずっと持ち続けていた経営企画室室長の青山だった。 「社長、美雪さんが婚約したっていうのは本当ですか!」 「いえ、婚約をしたわけではありません…

「めぐり逢う理由」 (第五章 別れの予感)-4-

それから数日が過ぎて、例年より少し早く七月の初めに今年の梅雨は明けた。会社を辞めた現太は、子供の頃に住んだ叔母の家を借りることになり、いよいよ東京を離れることになった。 現太が東京を離れることになり、どうしても美雪と現太を結び付けたいと思っ…

「めぐり逢う理由」 (第五章 別れの予感)-3-

「現ちゃん、美雪さんに会ってあげたら? 美雪さんお父さまを亡くしてきっと悲しんでいるわ。会って励ましてあげなよ」 いつもの日曜日のように、子供たちの野球の練習に行こうと玄関で靴ひもを結んでいた現太にみゆきが後ろから声を掛けた。 美雪が入院して…

「めぐり逢う理由」 (第五章 別れの予感)-2-

十日間の入院生活の後、美雪はようやく退院が許された。喉元の傷もほとんど目立たないまでに回復した。美雪は自分のことより幸太郎の身体が心配だった。美雪が入院している間、美雪の代わりに佳恵が幸太郎の看病をしていたが、佳恵は社長代理として会社を守…

「めぐり逢う理由」 (第五章 別れの予感)-1-

別れの予感 出火の原因が、五葉電機社員の成瀬による放火であったことが分かったのは、現太に助け出された良樹の証言があったからだ。 「恐竜のネクタイしたお兄ちゃんが、あそこで何かしていたよ」 現場検証の場で良樹は、そう言って成瀬が火のついたままの…

「めぐり逢う理由」 (第四章 もうひとりのみゆき)-7-

「誰か出て来たぞ!」 その時、沈黙を破る叫び声にその場にいた全員の視線が工場の建物の入り口に注がれた。そこには、良樹を連れ、美雪を抱きかかえた現太が倒れ込む姿が見えた。 「救急車、救急車だ!」 現太と良樹、それに美雪が救急隊員の手によって病院…

「めぐり逢う理由」 (第四章 もうひとりのみゆき)-6-

半田社長に何度も怒鳴られ、その度に追い返されていた成瀬は、上司から言い渡された半田社長を説得する最終期限を前に、ついに子供染みた行動に出た。 「半田製作所でボヤ騒ぎが起き、半田社長との話し合いが先延ばしになった」そう上司に言い訳するつもりだ…

「めぐり逢う理由」 (第四章 もうひとりのみゆき)-5-

それから、美雪は毎日病院に通った。朝、会社へ行く前と会社の帰りに幸太郎を訪ねた。十二月に入って、街は既にクリスマス一色だった。病院の中でさえ、そんな飾りが目についた。 「お父さま、もうすぐクリスマスね。覚えてる? 二十年前アメリカへ引っ越し…

「めぐり逢う理由」 (第四章 もうひとりのみゆき)-4-

幸太郎が倒れた。 美雪が現太に妹がいたことを知った四日後、十二月に入って日本列島を覆う寒波が本格的な冬の訪れを告げた頃、美雪は会社での午後の会議中に突然その知らせを聞いた。 「美雪くん、す、すぐに東京第一病院に行きなさい」 美雪を会議室の外に…

「めぐり逢う理由」 (第四章 もうひとりのみゆき)-3-

日曜日、美雪は河川敷の野球グラウンドに来ていた。これまで何度も足を運んだ場所だが、今日ほど沈んだ気持ちでここに来たことはなかった。 「お姉ちゃん!」 美雪を見つけて航が真っ先に走ってきた。 「あっ! レモンのお姉ちゃんだ」 他の子供たちも一斉に…

「めぐり逢う理由」 (第四章 もうひとりのみゆき)-2-

五葉電機では製品管理の効率化とコスト削減のため、自社の製品に使用する部品は、総合マテリアル事業部という資材発注業務を専門に行う部署が一括して管理していた。半田製作所への部品の発注や受け入れも、この総合マテリアル事業部が行っている。 総合マテ…

「めぐり逢う理由」 (第四章 もうひとりのみゆき)-1-

もうひとりのみゆき 美雪が航の見せた蛇に驚いて気を失う騒ぎがあってから、ひと月ほどが過ぎたある日、美雪を訪ねてシゲが五葉電機にやって来た。 「やあ、美雪さん、突然呼び出したりして悪かったね」 二階の受付前に設置された待合スペースに、自分の姿を…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-11-

日曜日、美雪は再び河川敷のグラウンドに来ていた。今回はシゲも一緒だった。 「よっ! 現太」 「なんだシゲ、お前が顔出すなんて珍しいじゃねえか」 「今日は、友達を連れてきたぜ」 「こんにちは」 シゲの後ろにいた美雪が現太に挨拶した。 「なんだ、また…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-10-

シゲの友達の片山現太と言う男が、美雪が心の片隅で密かに想い続けていたげんちゃんではなかったということが分かってから一週間が過ぎた。美雪が経営企画室に配属になってひと月目のことだった。仕事にも慣れ、美雪がキャリアウーマンとしての能力を発揮し…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-9-

美雪はシゲと会った三日後の日曜日、シゲに言われた通り半田製作所近くの河川敷に作られた野球グラウンドに来ていた。そこは広い土地に野球グラウンドが二面、サッカーグラウンドが三面ほど整備されていた。美雪はグラウンドの中をぐるりと見渡し、一塁のコ…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-8-

しばらく歩いて二人がたどり着いたのは、傾いた看板を掲げ、年季の入った暖簾を垂らした定食屋の店の前だった。 「まあ、見た目は古臭い変な名前の定食屋だけど、味は保証するよ」 シゲはそう言って手で暖簾を払うと店の扉を開けた。 「ちわーす」 「いらっ…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-7-

翌日の朝、美雪は会社に連絡を入れ午前休を取った。半田製作所に行ってみようと思ったのだった。五葉電機を救ったという隠された逸話にも興味があったが、何よりもあの時助けてくれた二人にきちんと礼を言いたかった。いや、それはそうだが、本心は、もう一…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-6-

週が明けた月曜の朝、会社に出勤した青山は美雪に謝罪した。しかし、それはあくまでも自分の落ち度ではなく他人のせいだった。 「美雪さん、この前はあいつらのせいで、とんだ歓迎会になってしまってすまなかった」 美雪はそのことについては特に気にしてい…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-5-

―いい加減にしろよ― いつの間にかできた人だかりの後ろの方でそんな声が聞こえた。 「誰だ! 今言ったやつは? 出てこい!」 「ちょいとごめんよ」 そう言いながら、群集の中から男がひとり現れた。 「シゲ、あんまり手荒な真似すんなよ」 その男に向かって…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-4-

翌日、美雪は配属先の経営企画室に初めて出社した。室長の青山がメンバーを集めて美雪を紹介した。 「みんな集まってくれ! 今日から、我が経営企画室のメンバーになった西園寺美雪さんだ。みんなも知っている通り美雪さんは西園寺社長の娘さんだ。だが、こ…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-3-

―五葉電機株式会社 平成三十年度 下期経営方針発表会― 五葉電機の本社ビルの一階大ホールでは、およそ千人の社員を前に、社長の幸太郎が会社の経営方針について発表を行った。幸太郎は、上半期の売上や営業利益など数字を並べて会社の置かれた厳しい状況を説…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-2-

「美雪、早くしなさい! 行くわよ」 「は、はーい」 幸太郎は一足先に帰国していたため、美雪は佳恵と二人で迎えのタクシーのトランクにスーツケースを収め、空港へと向かった。 「美雪、入社式から半年遅れになるけど、あなたの配属は経営企画室ですからね…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-1-

再会と人違い 「美雪! 準備はできたの? まったくあなたは、もっとテキパキとできないの!」 「は、はい。ごめんなさい。お母さま」 「そんなもの、いつまで持っているつもりなの! 幼稚園の子供じゃあるまいし」 幸太郎の仕事の都合で、美雪たち一家がアメ…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-10-

それからひと月が経った頃、美雪は幸太郎と佳恵とともにアメリカへ行くことになった。ボストンに出した支社の業績があまり伸びないことから、幸太郎が腰を落ち着けてじっくりと見ることになった。会社のことが心配な佳恵も幸太郎についていくことにした。幸…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-9-

げんちゃんが魔法の言葉を使っていじめっ子を退治してくれたので、あの日以来、いじめっ子は美雪に近づかなくなった。でも、げんちゃんもあれ以来、幼稚園に来なくなってしまった。お掃除のおばさんに聞いても、「うん、ちょっとね」そう言うだけで、おばさ…