「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-3-

 ―五葉電機株式会社 平成三十年度 下期経営方針発表会―

 五葉電機の本社ビルの一階大ホールでは、およそ千人の社員を前に、社長の幸太郎が会社の経営方針について発表を行った。幸太郎は、上半期の売上や営業利益など数字を並べて会社の置かれた厳しい状況を説明した。だが、厳しい状況というのは、何も五葉電機に限ったものではなかった。日本の家電メーカーは、十年ほど前から海外のメーカーにシェアを奪われ続けている。このままで行けば、やがて会社再編や倒産など、状況が一層厳しくなっていくことが予想された。

 しかし、幸太郎はそういう厳しい状況下であっても、社員、特に若い社員には困難を打開する強さを持って欲しいと思っていた。美雪も含めて、今年の新入社員に会社創業の精神を伝えたかった。

「……最後に、私から皆さんに最も伝えたいことをお話しします。この五葉電機は今から五十一年前、和歌山県の海沿いの小さな町で生まれました。私の義理の父で、今は当社の会長である西園寺世之介と彼の志に共感した数名の若い技術者によって作られた、今で言ういわゆるベンチャー企業でした。創業者たちの目指したものは、“技術で世の中に貢献する”ということでした。戦争にも負け、資源も乏しい日本が世界の中で生き抜くためには、どこにも負けない技術力を持つことが必要だと考えました。物を作り出すための技術力、それは人間の知恵の結晶です。人間だけに与えられた力です。社員の皆さん、この創業の精神を忘れることなく、若い皆さんがそれを受け継いで行ってください」

 万雷の拍手の中、壇を降りゆっくりと席に戻っていく社長としての幸太郎の姿を美雪はしっかりと目に焼き付けていた。

「あれが西園寺社長の娘さんですか。それにしても美人ですなぁ。どこかの有名な女優さんかと思いましたよ」

 今年の新入社員たちと一緒に並んで座っている美雪を見つけ、基調講演に呼ばれていた来賓のひとりが隣席の重役に話しかけた。

「ええ、しかも、アメリカのハーバードを優秀な成績で卒業したとか。それに、あの若さでMBAの資格まで持っているらしいですよ。もちろん、英語はネイティブレベルです」

「ほー。それは心強い。そんな後継者がいるのなら、五葉電機さんも安泰ですな」

 他の新入社員と同じ会社の制服を着てるのだから、女優と見間違えるはずなどあるわけがない。おべんちゃら半分としても、おじさまたちの美雪に対する印象は高評価だ。そして、同期の新入社員たちの評価もまた高かった。

「あれが美雪さまか。大学の卒業式の関係で今月入社したって聞いたけど……」

「何よ。さまって」

「人間、手の届かない憧れの存在には“さま”を付けたくなるんだよ。神さま、お姫さま、お嬢さま……なんてな」

「ばっかじゃないの? ちょっと綺麗で頭がいいからって特別扱いしちゃって。同じ新入社員じゃない」

「……」

「何、見てんのよ」

「同じ? じゃないんだよなぁ」

「まっ! 失礼しちゃう」

 

「では最後に、四月に入社し半年間の新人研修も無事に終わり、明日からそれぞれの配属先で勤務することになる今年の新入社員を皆さんにご紹介します。先輩社員の方々は、彼らが一日でも早く当社の戦力になれるよう、よく教育してあげてください。じゃあ、新入社員の方々はその場で起立して下さい」

 最前列に座っていた新入社員たちが一斉に起立した。

「では、新入社員を代表してあいさつをして頂きます。新入社員代表、西園寺美雪さん」

「はい」

「おお!」

 新入社員代表の挨拶は、その年の入社試験で成績が一番優秀だった者が行う。美雪が登壇すると会場からどよめきが起きた。

 美雪はもちろん五葉電機の三代目としてではなく、新入社員としての自分の思いを話した。普段は内気で控えめに見える美雪だが、やはり大会社の創業家の血筋なのか、それともアメリカ仕込みのプレゼン能力の高さなのか、壇上の美雪は堂々としていた。

「……以上、私たちは、会社を支える一人として若い力を存分に発揮していくことを誓います。新入社員代表、西園寺美雪」

 持っていた原稿に目を落とすこともなく、完璧なまでの見事な挨拶をし終えて美雪が壇を降りようとした時、

「きゃっ!」

 美雪は階段を踏み外しそうになり思わずよろけた。

「あら、ごめんなさい」

 足こそ挫かなかったが、美雪は顔を真っ赤にしながら席に戻った。それを見ていた佳恵は眉を潜めたが、

「か、可愛い……」

「守って……あげたい」

 会場に居合わせた男たちの鼻の下が一斉に伸びた。(つづく

 

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