「めぐり逢う理由」 (第六章 ばいばいげんちゃん)-3-

 数日後、佳恵のもとに帝都銀行の梶原常務から、息子の清太郎と美雪の婚約を解消したいとの申し出があった。佳恵は美雪が望まない結婚をしなくて済んで内心ほっとしたが、同時に帝都銀行からの融資のことが頭をよぎった。しかし、何故か梶原はこれまで通り五葉電機への融資を行うと言ってきた。

 美雪との婚約解消を言い出したのは清太郎本人だった。清太郎の両親はその理由を問い詰めたが、清太郎は決して本当の理由を言わなかった。婚約を解消した後、次々と発覚した清太郎の不貞がその理由なのだと両親は嘆いた。そして、その不貞を表沙汰にしたくなかった梶原は、五葉電機への融資を継続することで事を穏便に納めようとしたらしい。

 

 美雪の婚約解消の噂を聞いて、現太が故郷の村に帰ったことを伝えるため、早苗は美雪に会いに五葉電機を訪れた。

「美雪さん、現ちゃんは今、私たちが生まれた故郷の村にいるわ」

「そう」

「そうって……会いたくないの? 現ちゃんに。行ってあげて。現ちゃんに会いに」

「私は現太さんに会えないわ。事情はどうであれ、私は、一度は清太郎さんを選んだんですもの。婚約を破棄されたからと言って、今さら現太さんの元へは戻れないわ」

「何言ってるの。会社だって大丈夫なんでしょ? 融資はされるって新聞にも書いてあったわ」

「ええ、それは大丈夫なんだけど。でも……」

「でもじゃないわよ! 現ちゃんだってきっと美雪さんのことを待っているわ。じゃなきゃ、わざわざ美雪さんの婚約者に会いに行ったりしないわ」

「現太さん、清太郎さんと会ったの?」

「そうよ。でも、勘違いしないで。現ちゃんは婚約をダメにしようとして行ったんじゃないのよ。美雪さんを幸せにしてくれって、相手の人にそう言いに行ったのよ。現ちゃんはいつだって、美雪さんが幸せになることだけを考えているのよ。だから……」

「でも、現太さんには、現太さんの生き方が……」

「馬鹿! 何格好つけてんのよ。命がけで守ろうとした人なんでしょ! それほど大切な人なんでしょ。だったら、もう誰にも気兼ねすることないじゃない。何も考えず、現ちゃんの胸に飛び込めばいいじゃない。待ってたんでしょ? 現ちゃんのこと、ずっとずっと待ってたんでしょ?」

 五葉電機の受付のある一階ロビーに早苗の声が響き渡った。

「早苗さん……」

「私は信じてるわ。美雪さんと現ちゃんが結ばれることを私は信じてる。そうでなくちゃ、私も強く生きて行けないじゃない!」

 そう叫ぶと、早苗は入口の自動ドアを開けて出て行ってしまった。

「美雪」

 いつからそこにいたのか、佳恵が美雪に近づいて来て声を掛けた。

「お母さま……」

「ふふ、随分とおせっかいなお友達ね」

佳恵は微笑みながらそう言った。

「でもね、美雪、恋と言うのわね、周りの人のほんの少しのおせっかいと、本人どうしのたくさんの勇気が必要なの。分かる? あなたは西園寺家の三代目としての役目を十分果たしたわ。美雪、幸せになりなさい。誰のためでもなく、今度はあなた自身のために勇気を出して幸せになりなさい」

「お母さま……」

「心配しなくても大丈夫よ。ちょっと頼りないけど、会社のことは青山さんと私に任せなさい」

「お母さま、お父さまが亡くなる前におっしゃっていた……」

「分かっているわ。社員旅行を会社の行事として復活させることね? 考えておくわ。私も思い出したの。幸太郎さんと初めてお話したのが、入社して初めて行った会社の社員旅行だったの。熱海に向かう列車の中で偶然隣の席になって……。いいこともあるのね。昭和の古い風習にも」

「ふふ。そうよ、お母さま。古き良き時代という言葉もあるわ」

 その後、五葉電機には、年に一度の社員旅行と、シーサイドのバーベキュー施設を貸し切っての夏祭りが復活した。

 幸太郎の願った、古き良き会社の姿が五葉電機に戻りつつあった。(つづく

 

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