あなたへのダイアリー

「あなたへのダイアリー」 (最終章 アフリカ ~この空の下に~)-2-

一か月後、優子はアフリカに向けて出発した。亮介がアフリカにいた七年前、紛争地帯と呼ばれていたマホバ族の村は、亮介の祈りが通じたのか今は周囲の内戦も収まり、徐々に平和な生活を取り戻しつつあった。優子は医療チームの一員としてこの地を訪れていた…

「あなたへのダイアリー」 (最終章 アフリカ ~この空の下に~)-1-

アフリカ ~この空の下に~ 荒涼とした大地に朝日が昇る時、あたり一帯は眩(まばゆ)いオレンジ色の光に包まれる。草も木も空も風も、そして人も獣たちも。やせ細った太陽は、弱々しいが、しかし確実にその光を地平線の彼方から届けてくれている。その太陽の…

「あなたへのダイアリー」 (第八章 夏まつり)-6-

「かよちゃん、いい話教えてやろうか? 本当にいい話だよ。俺、感動したよ」 キン婆を『かよちゃん』と呼ぶこの男は、中谷亮一……。亮介の父親である。亮介がまだ五歳になったばかりの頃、キン婆と幼なじみだった亮介の父親は、何かあるといつもこうしてキン…

「あなたへのダイアリー」 (第八章 夏まつり)-5-

翌日の夕方、キン婆が優子を探して病院の屋上にやって来ると、そこにはひとり、夕日を見つめている優子の姿があった。 「やっぱりここにいたか。いいのか、亮介の傍にいなくて」 「ええ、亮介さんの顔を見ていたら、辛くなっちゃって……」 後ろから近付いてき…

「あなたへのダイアリー」 (第八章 夏まつり)-4-

最後の花火が大輪を描き、ひと夏の夢は終わった。亮介を失いたくないと願った優子の想いは届かなかった。祭りの終わりを知っていたかのように、亮介の意識は遠のいて行き、自分の体に亮介の重みを感じた優子は、崩れ落ちる亮介の体を支えながら必死に亮介の…

「あなたへのダイアリー」 (第八章 夏まつり)-3-

三日後、夏まつりの夜、キン婆に連れられて、左手で杖を突きながら亮介がやってきた。少し先に亮介を待っている優子の姿が見えた。 「一人で歩けるか?」 「ええ、大丈夫です」 「そうか、じゃあ、行ってやれ。優子が待っとるぞ」 キン婆は二人の邪魔になら…

「あなたへのダイアリー」 (第八章 夏まつり)-2-

病院からの帰り道、優子は自分があの手紙を亮介に送らなければ、亮介は何も知らず貴美子が幸せに暮らしていると信じたままでいられたのではないかと考えていた。亮介は貴美子に黙っていなくなってしまったことを後悔している。“やり直すことはできないだろう…

「あなたへのダイアリー」 (第八章 夏まつり)-1-

夏まつり 「亮介さん、少しベッドを起こしましょうか?」 「ああ、そうしてもらおうかな」 英徳高校のグランドで倒れ、病院に運び込まれた五日後、亮介は意識を取り戻した。その間、優子とキン婆は交代で亮介を看病した。昼間はキン婆が亮介の傍にいて、夕方…

「あなたへのダイアリー」 (第七章 追憶)-8-

優子は若い医者に連れられるままに、勝手のわからない病院の廊下を歩き、先ほどキン婆と一緒にいた待合室とは別棟の建物に来ていた。その中の『カンファレンス・ルーム』と書かれた部屋の前まで来ると、若い医者はドアを開けて優子を中に入れた。二人で使う…

「あなたへのダイアリー」 (第七章 追憶)-7-

なぜ、貴美子の日記にはそのことが書いてなかったのか?あの日記の最後は、夏まつりの夜に亮介が来なかったことで終わっていた。 「日記にはそんなこと書いてなかったの……。だから、私、亮介さんのことをお母さんを捨てた酷い人だとずっと思っていたの」 「…

「あなたへのダイアリー」 (第七章 追憶)-6-

亮介は、間も無く到着した救急車に乗せられた。優子とキン婆も一緒に救急車に乗り込み、病院へと向かった。 優子とキン婆は、病院の待合室で亮介をずっと待っていた。少し冷静さを取り戻した優子は、亮介が倒れた時、キン婆が亮介の名前を呼んでいたことを思…

「あなたへのダイアリー」 (第七章 追憶)-5-

「じゃあ、次は私が描くわね」 貴美子は、亮介が鉛筆で描いた円の隣に同じ大きさの円をゆっくりと描き始めた。 その日、美術の授業でフリーハンドで円を描くという課題が出された。明日から中間テストが始まるので、その日は、亮介も貴美子も部活の練習はな…

「あなたへのダイアリー」 (第七章 追憶)-4-

映画からの帰り道、まだ少し余韻に浸っていたかったのか優子はしばらくの間黙ったままだった。こんな時何を話していいのかわからず、亮介も黙ったまま歩き続けた。二人が英徳高校のグランドの前までやって来くると、突然、優子が口を開いた。 「冴木さん、映…

「あなたへのダイアリー」 (第七章 追憶)-3-

それから数日が過ぎて七月に入ったある日のこと、亮介の携帯に優子から突然メールが入った。一緒に映画に行ってほしいという内容だった。 「急に映画に誘ってくるなんて、優子ちゃんいったいどうしたんだろう……」 優子からのメールには、忙しさが一段落して…

「あなたへのダイアリー」 (第七章 追憶)-2-

山下と友部が写真館にやって来たその日、亮介はきみ寿司に行ってみることにした。店に入ってみると客は疎らで、優子の姿もそこにはなかった。 「いらっしゃい! 毎度どうも」 いつもと変わらない源治の威勢のいい声を聞いて亮介は少し安心した。カウンターに…

「あなたへのダイアリー」 (第七章 追憶)-1-

追憶 「最近、優子ちゃん来ないなぁ。どうしたんだろうなぁ…」 そうぶつぶつとつぶやきながら、店のドアを開けて中に入ってきた駅前の写真館の店主は、ここ数日、優子が学校から帰る時間になると毎日のように店の前に出て、優子がそこを通りかかるのを待って…

「あなたへのダイアリー」 (第六章 日記)-4-

「やれやれ、せっかく用意していたのに息子のやつ、押し入れに片づけてしまいよった」 そこへ、優子に見せようと、昨日から準備していたジャイアンツのグッズを勝手にしまい込まれてしまい、不満げな顔で店主が戻ってきた。 「優子ちゃん、これいいだろう。…

「あなたへのダイアリー」 (第六章 日記)-3-

「優子ちゃん、いいもの見せてあげるからちょっと寄っていきな」 そう言って、学校帰りの優子に声をかけてきたのは、二十七年前、貴美子にジャイアンツの野球帽をくれたあの写真館の店主だった。六十歳を過ぎた頃、店を息子に継がせようとしたのだが、嫌がっ…

「あなたへのダイアリー」 (第六章 日記)-2-

優子は日記帳を閉じたままあれこれ考えてみたが、母親が亮ちゃんと呼ぶ相手が見つからなかった。源治から聞かされていた貴美子の別れた夫、つまり優子にとっては父親であるがその名前でもなかった。 「誰なんだろう、お母さんの昔の恋人かな?」 そう思った…

「あなたへのダイアリー」 (第六章 日記)-1-

日記 今から五年前、優子が小学校を卒業した日のことである。優子は源治と二人で駅前の写真館に記念写真を撮りに行った。その日は、他にも何組かの家族が同じように写真を撮りに来ていたが、どの家族も皆当然のように、息子や娘の成長を喜ぶ父親と母親がいて…

「あなたへのダイアリー」 (第五章 不信)-4-

「冴木さん、お腹すいたでしょう? どれがいいですか? わたし取ってあげる」 優子は、さっきにも増してすっかり亮介の彼女気取りだ。お昼を食べながら、優子は亮介にいろんな話をした。学校のことや源治のこと、先日の試験がまあまあの出来であったこと。亮…

「あなたへのダイアリー」 (第五章 不信)-3-

五分ほど歩くと、大きな欅(けやき)の樹が立ち並ぶ林が見えてきた。 「立派な樹ね。何の樹かしら?」 「これは、欅だね。随分とたくさん並んでいるね。ひ、ふ、み、よ、いつ…」 この年寄り臭い、アフリカの子供たちも真似して覚えてしまった数え方は、亮介の…

「あなたへのダイアリー」 (第五章 不信)-2-

例年より五日ほど早く東北地方が梅雨入りをしたその日に、優子の長かった試験勉強もようやく一段落した。亮介は優子と約束した通り、試験が終わった翌日の土曜日に、待ち合わせ場所であるフクベェがいる商店街に向かって歩いていた。そして、歩きながらあの…

「あなたへのダイアリー」 (第五章 不信)-1-

不信 おやしろ祭が終わって間もなく、優子は学校の試験勉強に追われていた。その間、店の手伝いは免除されていたので、優子は学校から帰り夕飯を済ませると、二階に籠(こも)って毎晩遅くまで勉強をした。それでも、亮介が店に来ているときは、いつも必ず二階…

「あなたへのダイアリー」 (第四章 おやしろ祭)-6-

決勝戦進出の記事の横には、進出を決めた時に撮ったチームメートとの記念写真が飾られていた。亮介は三十年近く経った今でも、みんなのことを考えると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。亮介がチームメートの前で謝罪した時、町の人間とは対称的に、誰も亮…

「あなたへのダイアリー」 (第四章 おやしろ祭)-5-

「亮介! がんばれ。俺たちが付いているぞ!」 この年、英徳高校の野球部は快進撃を続けていた。いつも二回戦敗退だった野球部は、気がつくとすでに決勝まで勝ち進んでいた。何と言っても、三回戦で対戦した甲子園出場の常連校である、宮城志津石高校に延長…

「あなたへのダイアリー」 (第四章 おやしろ祭)-4-

優子が学校から帰ってきて、店の雰囲気は随分と明るくなった。優子自身も亮介がいるせいか、少しはしゃいでいるように見えた。父親を知らずに育った優子にとって、この時の亮介はいったいどんな存在であったのだろうか。もちろん、今、奥の座敷で飲んでいる…

「あなたへのダイアリー」 (第四章 おやしろ祭)-3-

その後、しばらくはありきたりの世間話をした。座敷の客はサラリーマンらしく、お決まりの上司の悪口に花を咲かせている。 「大将! 生ビールちょうだい! 二つ、いや三つね」 奥 のサラリーマンから再び声がかかった。 「あいよ! 今、持っていくよ」 大将…

「あなたへのダイアリー」 (第四章 おやしろ祭)-2-

「いらっしゃい! あっ、毎度どうも」 亮介が店に入ってきたことに気が付き、背中を向けて鍋を転がしていた大将がこちらを振り向いた。 「こ、こんばんは」 亮介は少し気まずそうに、店の入口に置いてある上着掛けに自分の上着をかけてからカウンターの一番…

「あなたへのダイアリー」 (第四章 おやしろ祭)-1-

おやしろ祭 「近いうちにまた……」 きみ寿司にまた行くことを亮介はそう言って優子と約束したのだったが、その約束を果たさないまま、気が付くともう、既に一週間が過ぎていた。 ひょんなことから、駅前の写真館で働くことになってしまった亮介は、意外にも充…