「あなたへのダイアリー」 (第七章 追憶)-4-

 映画からの帰り道、まだ少し余韻に浸っていたかったのか優子はしばらくの間黙ったままだった。こんな時何を話していいのかわからず、亮介も黙ったまま歩き続けた。二人が英徳高校のグランドの前までやって来くると、突然、優子が口を開いた。

「冴木さん、映画、面白かったですか?」

「え? あ、ああ、面白かったよ。とっても」

 亮介は素直にそう答えたつもりだったが、優子は悲しそうな、それでいて何かを決意したような怖い顔をして亮介を睨んだ。

「うそ」

「え?」

「うそよ。冴木さんは恋愛映画なんて、興味ないはずだわ」

「い、いや、そんなことは……」

「私が観たいって言ったから、無理して付き合ってくれたのよね?」

「どうしたの? 優子ちゃん。いつもの優子ちゃんらしくないよ」

「私らしく? あなたが私の何を知っているというの?」

「そ、それは……」

「あなたは何も知らないはずよ。でも……。でも、私はあなたのことを知っているわ」

「僕の? 何を……」

「私はあなたのことをずっと前から知っているわ。亮ちゃん……。あなたの本当の名前は、中谷亮介よ」

「ど、どうしてそれを……」

 亮介は驚いて、それ以上言葉が出なかった。夕日に照らされ、グランドに立つ野球のバックネットの影が、二人の足元まで伸びてきていた。

「言ったでしょ。私はあなたをずっと前から知っていると」

「ゆ、優子ちゃん、君はいったい何を言っているんだ!」

 夕日が眩しかったわけではないが、亮介は軽い目まいに襲われた。

「どうして、私を置いていなくなってしまったの?」

 夕日を背にした優子が、いつも束ねている髪に手をやると徐(おもむろ)にそれを解いた。すると、そこに現れたのは、長い黒髪にリボン付きの可愛らしいブラウスと清楚な感じの紺色のスカートを履き、足元は短めの白いソックス姿の……。紛れもなく二十七年前、亮介が初めて見た貴美子の姿だった。

「貴美ちゃん、なのか……」

 霞んでいく目と意識の中で、亮介は貴美子の声を聞いた。

「亮ちゃん、覚えている? 二人であそこに描いたでしょう?」

 貴美子の幻影は、バックネットの裏側に亮介を導いた。亮介が導かれるままにそこに回り込むと、貴美子の幻影はその端の方の一箇所を指さした。

「これ、覚えている?」

 亮介がそこをのぞき込むと、木の部分に恐らく釘か何かで描かれた二つの円と、少し読み取り難かったがK&Rの文字が見えた。

「こ、これは……」

 亮介は思い出した。それは貴美子と二人で描いたものだが、その二つの円に何か特別な意味があったわけではなかったので、亮介もすっかり忘れていたことだった。

 亮介はその時のことを少しずつ思い出した。(つづく

 

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