2019-10-01から1ヶ月間の記事一覧

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-3-

―五葉電機株式会社 平成三十年度 下期経営方針発表会― 五葉電機の本社ビルの一階大ホールでは、およそ千人の社員を前に、社長の幸太郎が会社の経営方針について発表を行った。幸太郎は、上半期の売上や営業利益など数字を並べて会社の置かれた厳しい状況を説…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-2-

「美雪、早くしなさい! 行くわよ」 「は、はーい」 幸太郎は一足先に帰国していたため、美雪は佳恵と二人で迎えのタクシーのトランクにスーツケースを収め、空港へと向かった。 「美雪、入社式から半年遅れになるけど、あなたの配属は経営企画室ですからね…

「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-1-

再会と人違い 「美雪! 準備はできたの? まったくあなたは、もっとテキパキとできないの!」 「は、はい。ごめんなさい。お母さま」 「そんなもの、いつまで持っているつもりなの! 幼稚園の子供じゃあるまいし」 幸太郎の仕事の都合で、美雪たち一家がアメ…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-10-

それからひと月が経った頃、美雪は幸太郎と佳恵とともにアメリカへ行くことになった。ボストンに出した支社の業績があまり伸びないことから、幸太郎が腰を落ち着けてじっくりと見ることになった。会社のことが心配な佳恵も幸太郎についていくことにした。幸…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-9-

げんちゃんが魔法の言葉を使っていじめっ子を退治してくれたので、あの日以来、いじめっ子は美雪に近づかなくなった。でも、げんちゃんもあれ以来、幼稚園に来なくなってしまった。お掃除のおばさんに聞いても、「うん、ちょっとね」そう言うだけで、おばさ…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-8-

ある日、幼稚園が終わったあと、いつものように美雪は佳恵が迎えに来るのを待っていた。すると、例によって、いじめっ子が美雪の方に近寄ってきた。今日はお掃除のおばさんもげんちゃんも、まだ来ていなかった。美雪は少し不安だった。いつもげんちゃんが守…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-7-

翌日もその翌日も、いじめっ子は相変わらず美雪にちょっかいを出してきた。美雪はこの前、帰りに独りぼっちになったいじめっ子が少しかわいそうだと思ったことを自分の中で取り消した。やっぱり、この子はただの面倒くさいいじめっ子だと改めてこの子が嫌い…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-6-

翌日、その日は佳恵が会議を抜けられない日だった。つまり、美雪が幼稚園を早く帰れる日でもあった。早く帰れるということは、あのいじめっ子にまたちょっかいを出されなくて済むので、いつもの美雪ならその日は朝から嬉しくてたまらないはずであった。しか…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-5-

家に帰った美雪は、幸太郎が帰ってくるまで幸太郎の似顔絵の続きを描いた。間一髪、肌色のクレヨンが戻って来たので、似顔絵を何とか完成させることができた。そして、幸太郎が帰ってくるまでまだ時間があったので、美雪は今日、幼稚園で会った優しいお兄ち…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-4-

翌朝、美雪は久しぶりに親子三人で幼稚園に向かった。美雪の通う幼稚園には、いわゆる幼稚園バスというものはなかった。園児の親たちがベンツかBMWで送り迎えするので、幼稚園が送迎用のバスを出す必要がなかったのである。美雪はいつもなら、運転手の村…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-3-

つい先日も久しぶりにおねしょをしてしまった、美雪はまだ四歳だった。 「お嬢様、もう起きて下さい」 「なみちゃん……」 美雪は布団からなかなか出てこない。 「どうしました? あっ! もしかして」 奈美が布団をめくると美雪の尻のあたりが丸く濡れていた。…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-2-

美雪は日本屈指の家電メーカーである、五葉(ごよう)電機株式会社を一代で築き上げた西園寺世之介の孫娘だった。美雪の父親は西園寺幸太郎といい、世之介にとっては娘婿にあたる。幸太郎の妻、つまり美雪の母親の佳恵が世之介の一人娘だ。 世之介は、今はまだ…

「めぐり逢う理由」 (第二章 げんちゃん王子)-1-

げんちゃん王子 あの頃……。そう、美雪がまだ幼かった頃、美雪の住む町の外れに新しい橋が架けられた。 美雪の住む町は、大手企業の進出などでこの二十年くらいの間に急速に発展した町だった。何棟もの高層マンションや巨大なショッピングモールもあり、鉄道…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-12-

海部の部下たちが橋の階段を上ろうとしたその時、残っていた二つの橋が轟音とともに崩れ始めた。 『一つは三つにあらず、三つは一つにあらず』 橋の看板の消えかけた文字が浮かび上がり、橋は対岸から順番に倒壊した。 「キャー!」 多み子と新吉は崩れ落ち…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-11-

龍背大橋に向かう馬車に乗るのはこれで三度目だ。一度目は奈美と一緒に龍金堂で玉簪を買ったとき、二度目は龍背大橋の祭りを見に行った時、そして今日、新吉に会うために再びこの馬車に乗った。 この時期、他所より少し遅い十一月の初め、新吉は稲刈りが忙し…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-10-

多み子が男と町で会っている。 そんなうわさ話が虎之助の耳に入ったのは、多み子が新吉のために縫った作務衣がようやく出来上がったころだった。多み子に熱心に求婚していた男の一人、海部義則に偶然、新吉と会っているところを見られたのだった。 「多み子…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-9-

祭りの終わりは次の季節の始まりでもあった。鱗雲が空を流れ、太陽と月の光が交わる黄昏れ時の乾いた風にススキの穂が寂しそうに揺れ動く。 秋になって、恋する少女は前にも増して綺麗になった。相変わらず虎之助の行く夜会に連れ出されていた多み子であった…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-8-

「新吉さん?」 「ん?」 「この橋って、いつ頃からここにあるんですか? お祭りはその頃から?」 「まあ、詳しいことは分からんが、村の長老の話によれば、三百年くらい前からあるようじゃがのう」 「そんな古くから?」 「祭りもその頃からあったらしいが…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-7-

果たしてその日はやってきた。予想した通り、多み子は祭りに行くことを嫌がったが、これもまた予想通り、龍金堂の主人の話をすると渋々だが了承した。 「奈美ちゃん、遠くから見るだけよ。ほんとよ」 「分かってるわよ。大丈夫よ。心配しなくても」 二人はこ…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-6-

それから一週間後の日曜日、龍金堂の前でひとり仁王立つ、奈美の姿があった。多み子のためにも、どうしてもはっきりさせたいことがあった。荒くれ者と龍金堂の娘がどういう関係なのか。恋人同士なのか、そうでないのか、もしも、恋人同士だとしたらもう結婚…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-5-

「み子、みぃー子! ねえ、聞いてるの?」 「え? ええ、ああ、ごめんなさい。何?」 「何じゃないわよ。み子、あなたこの頃少し変よ。ぼーっとしたり、ため息付いたりしちゃって」 「そんなことないわよ。普通よ。私は。で、何の話?」 「今度の日曜日、一…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-4-

翌日、女学校で奈美に会った多み子は、プーが見つかったことの報告と一緒に探してくれたことへのお礼を言った。 「で? プーさん結局どこで見つかったの?」 「えーとそれは……あっ、そうそう、海岸沿いを一人で歩いていたの。偶然そこを私が通りかかったの。…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-3-

―「痛いのはこっちの足かえ?」― 「え?」 多み子は緊張感のない男の言葉に、顔を覆っていた自分の手の指の隙間から思わず男の顔を覗き込んだ。 「靴脱いでみな」 「はい?」 「靴履いてちゃよく見えんじゃろ。早よ、その紐靴脱いでみいや」 「あ、は、はい…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-2-

「大変です! お父様。プ……いえ、千代丸がいません!」 「千代丸が? 逃げ出したのか? 放っておけ、そのうち腹を空かせて帰って来るだろう。もしかしたら、その辺でもうくたばっているかもな。それならそれで、多み子、お前も散歩させる手間が省けていいだ…

「めぐり逢う理由」 (第一章 百年前の恋)-1-

百年前の恋 源流は、奈良県の大峰山脈を形成する山の一つ、大普賢岳に祖を発するという。切り立った崖とその崖を覆い隠すかのように生い茂る木々は、萌黄色の葉を携えた枝を可能な限り川の水面ぎりぎりのところまで伸ばしている。張り詰めた緊張の糸をほんの…

「めぐり逢う理由」 梗概(あらすじ)

時代は大正五年、第一次世界大戦の影響で日本中が大戦景気に沸き立っていた頃、熊野川の支流が海へと流れ込む、見せ掛けの幸福に浮かれた町の片隅でひとつの小さな恋が生まれた。それは、欲しいものは何でも揃っていた街で、自分の欲しいものを見つけること…

「めぐり逢う理由」

- 悲しい過去から幸せな未来へと続いていくような、例えばそんな世界なのだろう - 目次 梗概(あらすじ) 第一章 百年前の恋 第二章 げんちゃん王子 第三章 再会と人違い 第四章 もうひとりのみゆき 第五章 別れの予感 第六章 ばいばいげんちゃん 最終章 …

「あなたへのダイアリー」 (最終章 アフリカ ~この空の下に~)-2-

一か月後、優子はアフリカに向けて出発した。亮介がアフリカにいた七年前、紛争地帯と呼ばれていたマホバ族の村は、亮介の祈りが通じたのか今は周囲の内戦も収まり、徐々に平和な生活を取り戻しつつあった。優子は医療チームの一員としてこの地を訪れていた…

「あなたへのダイアリー」 (最終章 アフリカ ~この空の下に~)-1-

アフリカ ~この空の下に~ 荒涼とした大地に朝日が昇る時、あたり一帯は眩(まばゆ)いオレンジ色の光に包まれる。草も木も空も風も、そして人も獣たちも。やせ細った太陽は、弱々しいが、しかし確実にその光を地平線の彼方から届けてくれている。その太陽の…

「あなたへのダイアリー」 (第八章 夏まつり)-6-

「かよちゃん、いい話教えてやろうか? 本当にいい話だよ。俺、感動したよ」 キン婆を『かよちゃん』と呼ぶこの男は、中谷亮一……。亮介の父親である。亮介がまだ五歳になったばかりの頃、キン婆と幼なじみだった亮介の父親は、何かあるといつもこうしてキン…