「あなたへのダイアリー」 (第八章 夏まつり)-2-
病院からの帰り道、優子は自分があの手紙を亮介に送らなければ、亮介は何も知らず貴美子が幸せに暮らしていると信じたままでいられたのではないかと考えていた。亮介は貴美子に黙っていなくなってしまったことを後悔している。“やり直すことはできないだろうか?” 優子はそう思った。もしも、やり直すことができたら、亮介の後悔の念も晴れるのではないだろうか?
もしも、あの夏まつりの夜に戻ることができたのなら……。
答えが出ないまま、優子が写真館の前を通り過ぎようとしたとき、店主が声をかけてきた。
「優子ちゃん、冴木さんの具合はどう?」
源治にも同じことを聞かれたが、亮介がそう望んだこともあり、優子は亮介の病気について二人には黙っていた。
「うん、だいぶ良くなって落ち着いてきたみたい」
「そう、それは良かった。でも、それにしては元気ないね。どうかしたの?」
優子は、亮介の後悔の念を晴らす方法をずっと考えていた。亮介にはもう時間がない。このまま、後悔させたままでいいのかだろうかと。
「優子ちゃん、はいこれ」
沈んだ顔の優子に、写真館の店主は一枚の写真を手渡した。亮介が入院して以来、さっぱり店に来なくなってしまった優子が、今度ここを通りかかったら何とか引き留めてやろうと用意していたものだった。
「え? この写真……」
写真に驚いた優子に、店主は次の作戦として用意していた優子の好物のアマンドのパイを取りに、慌てた様子で店の奥に入っていくと、優子の驚いた顔を思い浮かべながら写真の説明をし始めた。店の奥から店主の声が聞こえてきた。
「優子ちゃん、驚いたろう? その写真、貴美ちゃんだよ。貴美ちゃんが優子ちゃんと同じ十七歳の時に撮った写真だよ。お祭りの日だっていうのに、貴美ちゃん、なんか寂しそうだったから、俺が冗談言って笑わしてやったんだよ。それでちょっとだけ笑ってくれた時の写真なんだ。浴衣姿が素敵だろ? まあ、もとが美人だからね。泣いても笑っても、出来はいいはずなんだけどね。でもさ、貴美ちゃんはやっぱり笑っている方が貴美ちゃんらしいから……」
アマンドのパイに紅茶を添えて、店主にしては完璧なまでの作戦だったが、店主が店先に出てくると、そこにはすでに優子の姿はなかった。優子は貴美子の写真とともに消えていた。
「あ、あれ? 優子ちゃん、どこ行ったの?ほら、優子ちゃんの好きなアマンドのパイだよ」
店主は飼い猫でも探すかのようにアマンドのパイを持って店の周りを探してみたが優子の姿はどこにも見当たらなかった。
店主が店先でいなくなった優子を探していたころ、優子は自分の家の二階で箪笥の引き出しの中を漁っていた。
「おかしいな。あるとしたら、ここ以外にないんだけど」
優子は、泥棒は箪笥の中身を物色する時、下の引き出しから開けていくとテレビで見たことがあった。なるほど、このほうが効率よく探せるもんだと感心しながら、下から三つ目の引き出しの中に目的のものを見つけた。
「あった! これだ、これだわ」
優子が見つけたものは、箪笥に大切にしまわれていた、写真の中で貴美子が着ていた浴衣だった。優子が広げて自分の襟にあててみると、鏡に映し出されたその姿は、自分でも驚くほど写真の貴美子にそっくりだった。
「亮介さん、これでやり直せる……。あの日に戻れるわ」
優子は浴衣を衣桁(いこう)に丁寧に掛けると、そのままキン婆のもとへと向かった。(つづく)