「あなたへのダイアリー」 (第八章 夏まつり)-1-

夏まつり

「亮介さん、少しベッドを起こしましょうか?」

「ああ、そうしてもらおうかな」

 英徳高校のグランドで倒れ、病院に運び込まれた五日後、亮介は意識を取り戻した。その間、優子とキン婆は交代で亮介を看病した。昼間はキン婆が亮介の傍にいて、夕方学校が終わると入れ替わりに優子が病院にやって来た。意識を取り戻してすぐは、亮介は話すこともできなかったが、今はこうしてベッドの上でなら短い時間であれば話すことができるようになっていた。優子は亮介の具合が落ち着いてきたところで、亮介に送った手紙のことや、貴美子の日記を読んで亮介のことを誤解していたことを謝ろうと思った。

「そうか、あの手紙は優子ちゃんが……」

「ええ、そうなの。本当にごめんなさい」

「いや、いいんだ。むしろ、ぼくはあの手紙に感謝しているんだよ」

「感謝?」

「ああ、あの手紙のおかげで、二度と帰ることはないと思っていた故郷にこうして帰ってくることができたし、貴美ちゃんの忘れ形見の優子ちゃんにも会うことができた。ぼくはとても幸せだよ。それもみんな、あの手紙をアフリカで受け取ったことから始まったんだ」

「アフリカで?」

「そう、アフリカだ。ぼくはあの手紙をもらった時、アフリカにいたんだ。マホバ族という少数民族が暮らす小さな村で子供たちと一緒に暮らしていた」

「もしかして、雑誌に載っていた?」

「雑誌? ああ、会社にマホバ族の子供たちの写真を送ったから、それが載ったかもしれないね」

「私、その写真を見て、亮介さんにあの手紙を送ったの。もしかしたら、お母さんの日記に書いてあった亮ちゃんって人じゃないかって思って」

「貴美ちゃんの日記?」

「ええ、お母さん、日記を書いていたの。それを私、小学校の卒業式の日に見つけたの。そしたら、そこに亮介さんとのことがいっぱい書いてあったわ」

「貴美ちゃんがそんなものを……」

「私、いけないとは思ったの。でも、その日記を読んでしまったの。そしたら、お母さんが亮介さんと初めて出会った時のことや、周りに隠れて亮介さんの野球の試合を見に行っていたこと、福助にフクベェって名前をつけたこと、そのフクベェの前で亮介さんに告白した時のことや、つまらないことでお母さんがすねちゃった時のこと、それに野球のバックネットの後ろに描いたあの絵のことも。全部その日記に書いてあったの。お母さん、本当に幸せそうだった。でも……」

「でも?」

「うん、日記の一番最後に、亮介さんがいなくなってしまって寂しいって……。夏まつりの夜、フクベェと一緒に亮介さんが来るのを待っていたけど、来てくれなかったって。そう書いてあったの。それを読んだ時、私、お母さんがかわいそうで、その亮ちゃんって人のことを恨んだわ。だから、私、亮介さんにあんな酷いことを……。ごめんなさい」

「いや、ぼくは貴美ちゃんや優子ちゃんに恨まれてもしかたないよ。事情はどうあれ、ぼくは貴美ちゃんに嘘をついた。そして約束を破ってしまった。貴美ちゃんに悲しい思いをさせてしまった。それは、変えようのない事実だから」

「でも、それは亮介さんがお母さんのことを守ってくれようとして、そうしたんでしょ?」

「守るだなんて、そんな格好のいいものじゃない。あの時ぼくは、ぼくの家族の問題に貴美ちゃんを巻き込みたくなかった。ただ、それだけだったんだ。貴美ちゃんがぼくの存在を忘れてくれることが、貴美ちゃんの幸せにつながると、そう信じて疑わなかった。それは、この町を出た後もずっとそう思って生きてきた。でも、それは間違いだった。ぼくが弱かったから…貴美ちゃんから逃げてしまっただけなんだ。ぼくは、貴美ちゃんときちんと話さなければいけなかった。辛い思いをしていたのは貴美ちゃんも一緒なんだから」

 亮介は思いつめたように、寝ていたベッドのシーツを握り締めた。

「亮介さん……」

「ごめん、疲れたみたいだ。少し休ませてもらうよ」

 亮介は、優子にベッドを倒し布団を掛けてもらうと、その日はそのまま眠りについた。(つづく

 

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