「あなたへのダイアリー」 (第五章 不信)-1-

不信

 おやしろ祭が終わって間もなく、優子は学校の試験勉強に追われていた。その間、店の手伝いは免除されていたので、優子は学校から帰り夕飯を済ませると、二階に籠(こも)って毎晩遅くまで勉強をした。それでも、亮介が店に来ているときは、いつも必ず二階から降りてきて顔を見せた。本当は亮介が帰るまで、ずっと話をしていたかったようだが、三十分ほどすると勉強の邪魔をしてはいけないと心配した亮介から、「さあ、休憩時間は終わりだよ」そう言われて、しぶしぶと二階へとまた戻って行った。

 その日もそろそろ二階へと戻る時間になり、「さあ、そろそろ…」と亮介が切り出すと、

「冴木さん、試験が終わったら……」

 亮介のその言葉を遮るように優子が言った。

「試験が終わったら、行ってみたいところがあるんですけど……。一緒に行ってもらえませんか?」

「行ってみたいところ?」

「はい」

「どこへ行ってみたいの?」

「それは、まだ秘密です」

「そ、そう……。いいよ。優子ちゃん、試験勉強がんばっているもんね」

「本当ですか? やった! じゃあ、約束ですよ」

 今どきの女子高生が、試験勉強から解放された時どこへ行きたいと思うのか、亮介には皆目見当がつかなかったが、あとどれくらい優子と一緒に過ごせるのかと思うと、貴美子には何もしてやれなかった分、優子の願いは何でも叶えてやりたいと思った。

「試験は今週いっぱいで終わるので、今度の土曜日でいいですか?」

「ああ、いいよ」

 亮介がそう言ってうなずくと、まるで憧れの先輩とデートの約束でも取り付けたかのように恥じらいながらも嬉しそうな顔で、優子は二階へと戻っていった。

「冴木さん、いつもすみませんね。あいつのわがままにつき合わせちまって」

 他の客の相手をしていて、優子の話には無関心だと思っていたが、大将は二人の会話をそれとなく聞いていたようである。

「い、いえ、ぼくの方こそ、優子ちゃんといると何か元気をもらえるような気がして、ついつい年甲斐もなく甘えてしまって」

「でもね、冴木さんがうちに来るようになってから優子のやつ、なんかこう素直になったっていうか、大人になったというか…今までだったら、俺の言うことにいちいちつっかかってきたんだけど、最近は何言っても ”はーい” なんて、にこにこしながら言うんですよ」

「そ、そうなんですか? でも、もともと優子ちゃんは素直でいい子だから……。おじいさんのことも、大事に思っているみたいでしたよ」

「本当ですかい?」

「ええ、憎まれ口を利くのはきっと、照れ隠しなんじゃないですかねぇ」

「だといいんですがね。冴木さん、迷惑でなかったら、これからも優子の話し相手になってやってくださいね」

「ええ、ぼくでよければ」

 大将の期待にいつまで応えられるのか、亮介はこの時はじめて自分の病を恨めしく思った。大将の安堵した顔を見届けて、その日、亮介は店を後にした。(つづく

 

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