「めぐり逢う理由」 (最終章 めぐり逢う理由)-2-

 美雪が海岸通りまでやって来ると、観光客相手の車屋姿がすっかり板についた現太が、今日は暇なのか、土手に寝転んで川の流れを見つめていた。

「現太さん」

 美雪の掛けたその声に現太が驚いたように振り返った。

「み、美雪? どうしてここに……」

「現太さん、車屋さんやっているって早苗さんに聞いたから、現太さんの車に乗せてもらおうと思って」

「い、いや、そうじゃなくって……ほ、ほれ、あれだ、その、銀行の息子の、婚約だか何だか……」

「私、嫌われちゃったみたい。婚約……破棄されちゃった」

「え? 会社は大丈夫なのか?」

「うん。どうしてなのかわからないけど、融資はしてもらえることになったの。だから、これからは母が社長として会社を立て直していくことになったの」

「そ、そうか。よ、よかったじゃねえか。あんなマザコン野郎と結婚しなくて済んで」

 美雪はやはり現太が何か絡んでいるのではないかと思った。そうでなければ、美雪も婚約破棄になる直前まで知らなかった、清太郎が実はマザコンだったことを現太が知るはずがない。

「うん。でも、どうしてなんだろうなぁ。不思議だなぁ」

 美雪はいたずらな目を現太に向けた。

「さ、さあな。俺は何も知らねえな」

「きっとまた、現太さんが魔法を使って助けてくれたんだわ」

「魔法? 何言ってんだ。俺は魔法なんて使ってねえぞ」

「ううん、いいの。何でもない」

「何だよ。気になるじゃねえか。それとも何か、俺が呪文でも唱えたって言うのか? アブラーカタブラーなーんてな」

 魔法の呪文と聞いて、封印されていたはずのげんちゃんの魔法の言葉が海馬の奥底から顔を出し、美雪は思わず下を向いた。

「あ、あれ? 何でお前、顔赤くなっての?」

「あ、赤くなんてないです!」

「いや、赤いぜ」

「そ、そんなことありません!」

「いや、赤いって。猿の尻みてぇに真っ赤だぞ」

「ば、ばか、知らない!」

 現太に背を向け、美雪は思わず両手で自分の顔を覆った。

「ははーん、おまえ、なんか知ってんだな。言ってみろよ、その魔法の呪文ってやつ」

「…………」

「ほら、恥ずかしがらずに言ってみろよ。それともあれか? それを聞いたら俺も魔法にかかっちまうのか? はははは」

「…………」

「何だよ。勿体付けるなよ。ほれ、ほれ」

 デリカシーのない現太の催促に、美雪の顔はますます赤くなっていく。現太の執拗さについに観念した美雪は、うつむいたまま、現太に耳を近づけるよう、揃えた指先だけで手招きした。

「おっ、なんだ、やっと教える気になったか」

 間抜け顔をした現太が美雪の口元に自分の耳を近づけた。

「どれどれ、何て言う呪文なんだ?」

美雪は手を添え、現太の耳元に小さな声で囁いた。

「*・*・*・*」

 現太の……時間が……。止まった。(つづく

 

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