「めぐり逢う理由」 (最終章 めぐり逢う理由)-3-

 やっと言えた。

 それは、消え入るような小さな声だったが、

 でも、しっかりと、はっきりと言えた。

 おそらく、……完璧だった。

 あれから、百年もの時が経ってしまったが……。

 「美雪……」

 美雪の囁いた呪文で魔法をかけられた現太は言葉を失っていた。

「現太さん、大好き!」

 美雪は現太の胸に飛び込んだ。美雪の言葉に答える代わりに、現太は美雪をしっかりと抱きしめた。時が止まったように、もしくは百年もの時間を巻き戻し終えるまで、二人は抱き合っていた。

 ―新吉さんの夢は何ですか?―

 百年前、多み子は新吉にそう尋ねた。その答えを聞かぬまま、多み子は亡くなった。

 あの時、多み子と新吉……二人の間は、金に目が眩んだ男たちによって無情にも引き裂かれた。

 私利私欲のために、誰かの幸せを、それ以上に人の命を奪うということは、人として絶対にしてはならないことである。

 それをした時、その者は既に人ではないのかも知れない。もう二度と、人としても畜生としても生まれ変わることのない、腐った魂の無用なごみに成り下がる。 

 己の犯した、その罪の深さを思い知るがいい。

 ―その人の温もりをしっかりと覚えておきなさい―

 過去と未来を渡り歩く、不思議な馬車使いの老人は多み子にそう言った。多み子は、生まれ変わってもう一度新吉とめぐり逢うために、新吉の温もりを自分の手のひらに刻み込んだ。

 そして今、多み子の手のひらに刻み込まれた新吉の温もりを、現太に抱きしめられた美雪の身体が感じ取っている。

 川に飛んできた翡翠色のカワセミが木の枝にとまった。じっくりと川の中の獲物を狙っている。まだ、狙っている。が、一瞬だった。川の水が跳ね上がった時、魔法が解けた現太が美雪に言葉をかけた。

「さあ、お嬢さん、どちらまで?」

 現太の胸に顔を埋めたまま美雪がそれに答える。

「ふふ、ふふふ。そうね。あなたと私が初めて出会ったあの場所、龍背大橋まで行ってくださいな」

「へい、承知……」

 そう言いながらも、現太は美雪を抱きしめたまま動こうとしない。ほんの僅か、現太の肩が揺れていた。

車屋さん? 出発はいつごろに?」

 不思議に思った美雪が現太に尋ねた。

「慌てなくてもいいさ。これからは……ずっと……一緒なんだから」

 現太が泣いている。美雪の身体を抱きしめた現太の記憶が百年の時を遡る。あの時、冷たくなった多み子の身体を何度も擦って温めようとした、新吉の手のひらの感触が現太の手の肌に蘇る。現太は美雪の体温を確かめるように、美雪の肩が折れそうなくらい力強くもう一度しっかりと美雪を抱きしめた。そして、美雪はその温もりに融かされていく自分の身体を現太に預けた。

「うん……」

 美雪が小さく頷くと、朱鷺色の夕日に照らされ、金色の涙がひと粒、美雪の頬を伝わり落ちた。

 

 龍の涙に例えられた、龍露飴には何か不思議な力……いわゆる魔力のようなものが備わっていたのだろうか。あの時、同じ袋の飴を食べた四人と一匹の犬が遥か遠い先の未来で再び出会った。しかし、それは単なる偶然だったに違いない。

 なぜなら、時も超え大切な人を想い続けること、それこそが、その人と再びめぐり逢う理由なのだから……。

 見つめ合う二人の横を、熊野川は今日も静かに流れていく。時も超え、ようやくめぐり逢えた多み子と新吉を見守るように……。

終わり

 

引用

「ゴンドラの唄」 吉井勇

「人を恋うる歌(妻をめとらば)」 与謝野鉄幹

「桂の木伝説」 雲洞庵

 

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