「めぐり逢う理由」 (第三章 再会と人違い)-6-
週が明けた月曜の朝、会社に出勤した青山は美雪に謝罪した。しかし、それはあくまでも自分の落ち度ではなく他人のせいだった。
「美雪さん、この前はあいつらのせいで、とんだ歓迎会になってしまってすまなかった」
美雪はそのことについては特に気にしていないようだった。
「いえ、それより青山室長こそお身体大丈夫でしたか?」
「ああ、こんなもん、何ともないさ」
青山の頬には青単ができていたが仕事に支障はなさそうだった。青山はお門違いな自分のタフさをアピールして見せた。
「室長、この前のあいつらですけど、あの作業服、どこかで見たなと思ったら、あいつら、半田製作所の社員ですよ」
「半田? どこの会社だ?」
「うちの会社の下請けの半田製作所ですよ。間違いありません」
「下請けだと、あいつら、下請けのくせしてこの俺に偉そうなこと言いやがって」
「井上さん、半田製作所って、この近くにあるんですか?」
青山は上しか見ないヒラメだ。ちっぽけな下請け会社のことなどもともと眼中になかったが、新入社員の美雪も半田製作所は初めて聞く会社だった。
「ああ、ここからなら見えるかなぁ。ほら、川の向こうに小さな工場が集まっているでしょ? あの辺りが昔からある町工場なんすよ」
ウォーターフロントのど真ん中に聳え立つ、三十二階建ての巨大な建物が五葉電機の本社ビルだった。井上はビルの三十階にある経営企画室の窓の外を見下ろした。
「ああ、あれじゃないかなぁ。ありゃりゃ、おいおい、あいつら屋上で体操してるぜ。休憩時間にラジオ体操でもしてるんすかねぇ」
「いつまでも昭和なんだよ。進歩がないんだよ。あの手の小さな会社っていうのは。きっと、始業前には全員で社歌でも歌っているんじゃねえのか」
「ひぇー。俺、ダメっす。そういうの。じん麻疹が出そう」
「まあ、あり得んな。俺たちには」
井上と青山が半田製作所を小ばかにしている間、美雪はずっとその半田製作所の建物を見つめていた。
その日、白金の家に帰った美雪は、アメリカ出張から帰ったばかりの幸太郎に半田製作所のことを聞いてみた。
「お父様、半田製作所って会社、ご存知ですか?」
「ああ、もちろん知っているよ。半田製作所がどうかしのかね?」
「どんな会社ですの?」
「まあ、うちの会社にとっては、竹馬の友って感じかな」
「竹馬の友?」
「ああ、そうさ。もう亡くなられたが、創業者の半田さんはまさにお爺さまとは竹馬の友、幼なじみだったんだよ。二人とも物づくりが大好きで、お爺さまは五葉電機を、半田さんは半田製作所をそれぞれ創業したんだ」
「そうだったんですか……」
「お爺さまはあの通り、ちょっと強引で商売上手なところがあったが、半田さんは堅物で会社の利益よりも技術を追求するタイプの根っからの技術屋だったそうだ。だから、会社の経営はかなり厳しかったみたいだ。私が五葉電機に入社する前の話だがね。見兼ねたお爺さまが、資金を出して半田製作所の経営を立て直したと聞いているよ」
「それで、うちの会社の下請けになったんですか?」
「まあ、今は下請けだが、五葉電機は半田製作所に助けられたことがあるんだよ。もう、三十年近くも前になるけど……」
「三十年……私が生まれる前ね」
「そうだね。私と母さんが結婚した頃だったなぁ。五葉電機は死亡事故につながる製品の不具合を出したことがあるんだよ」
「扇風機のモーターの不具合で火災が起きて、使った方が亡くなられたのよね。新人のオリエンテーリングで社史を聞いたわ」
「ああ、その時、安いからと言って粗悪な部品を使っていたことが原因だった。結婚早々、商品の回収に追われたことをよく覚えているよ。商品を回収しても、今度は確かな品質の新しいモーターが見つからない。新しい商品を作れなくなった会社は、保証や商品回収のための費用が膨らみ、倒産の危機に晒された。そんな時、半田製作所が、開発したばかりの新型モーターの特許を無償で使わせてくれた。これによって五葉電機は息を吹き返したんだ」
「社史の説明ではそんなこと言ってなかったわよ。半田製作所に助けてもらったなんて一言も……」
「そ、それは、その、お爺さまのプライドが許さないんだろうな。一度は助けてやった幼なじみに今度は自分が助けられたなんて。あまり、人には言いたくなかったんだろ」
美雪は下請けだからと言って、半田製作所を小ばかにしていた青山たちの顔が浮かんだ。
「私、今度、お爺さまに言ってみるわ。ちゃんとした社史を社員に伝えてくださるよう」
「み、美雪……」
「分かっていますわ。お父さまに聞いたことは黙っておきます」
「美雪、すまんな」
美雪は婿養子の幸太郎が世之介に強く言えないことは知っている。これは創業家の三代目としての自分の役目であると思った。(つづく)
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