「あなたへのダイアリー」 (第一章 アフリカ)-6-

 数日後、亮介はナイロビの日本大使館に手紙を受け取りに行った。アフリカに来てこれまで、ときおり右手に痺れを感じることはあったが、幸いにも亮介の病状は安定していた。

「中谷ですが、私宛に手紙が届いていると思うのですが?」

 亮介は、カバンからパスポートと会社の名刺を取り出して受付の女性に見せた。

「少しお待ちください」

 その女性は、亮介のパスポートを確認すると、奥の部屋へと入っていった。しばらくして、女性が一枚の封筒を手に戻ってきた。

「これで間違いありませんか?」

 見せられた手紙は長旅のせいか、白い封筒が少し薄汚れて見えた。

「はい」

 封筒の後ろに書かれた差出人の名前が、牧村貴美子であることを確認して、亮介は受領の書類にサインをした。住所は書いてなかったが、消印は亮介と貴美子が共に青春時代を過ごした、亮介の生まれ故郷のものだった。封筒に書かれた文字も貴美子の字に似ているような気はしたが、はっきりとは覚えていない。“本当に貴美ちゃんからなのか? ”亮介はそう思いながら、受付の女性にサインした書類を渡し、礼を言って大使館を後にした。

 その夜、亮介はナイロビのホテルに戻って手紙の封を切った。中には便箋が一枚だけ入っていた。何が書かれているのか不安な気持ちを抱きつつ、きちんと折りたたまれた便箋を恐る恐る開いてみた。するとそこには、たった一行、亮介が想像もし得なかった内容が書かれていた。

 

中谷亮介様

牧村貴美子は、平成十四年の春に亡くなりました。

 

「亡くなった?死んだ? 貴美ちゃんが死んだ? そんな馬鹿な!いったい、どういうことなんだ!」

 亮介は混乱していた。せめて、亮介に対する恨み辛みが書かれていたのなら、亮介もまだ、救われたのかも知れない。しかし、牧村貴美子は自分が死んだことを亮介に伝えてきたのだ。それも、今から十年以上も前のことをだ。冷静に考えれば、もちろん死んだ人間がそんな手紙を送ってくるはずはなかった。

 “誰かのいたずらだ。貴美ちゃんが死んだなんて、そんなはずはない。あり得ない!”亮介は封筒を覗き込み、便箋をひっくり返して貴美子以外の第三者の痕跡を必死に探した。しかし、薄汚れた封筒と真っ白な便箋には、貴美子の面影を浮かび上がらせる、懐かしい字体の文字以外、何も見つけることは出来なかった。

 手紙を持つ亮介の手が震えていた。それは、亮介の病気のせいではなく、自分のこれまでの生き方を否定しなくてはならないのではないかという不安に襲われたからだった。貴美子の幸せだけを願い、そのことだけを信じて生きてきた亮介にとっては、とても受け入れ難いことだった。

 すぐにでも帰国して手紙の真相を確かめようと思ったが、亮介には気がかりなことが二つあった。

 一つは自分の病気のことだ。医者から宣告された半年の期限はもうすでに半分を過ぎていた。アフリカに来てこれまで、たまに手が痺れることはあったが、以前のような激しい頭痛に襲われることは一度もなかった。もしかしたら、脳の腫瘍が自然に消えてなくなってしまったのではないかと思うほどだ。だがそれは、不治の病を患ったことのある人間なら誰しもが見る、夢まぼろしでしかなかった。いつ死ぬともわからない自分が、今さら貴美子を訪ねてどうしようというのか、亮介は自分自身に問いかけた。

 もう一つはティムのことだった。あれほど自分になついているティムに別れを告げることは、亮介にとっても辛いことだった。それに、ティムのためとは言え、父親の『生まれ変わり』などと、思いつきで軽率な話をしたことで、ティムが大人になるにつれ、そんなことはあり得ないのだと気付いた時、かえって悲しい想いをさせてしまうのではないかと、亮介はティムに対してあれ以来、少なからず後ろめたさを感じていた。その罪滅ぼしとして、今はせめて自分の命が尽きるまで、ティムの父親代わりになろうと密かに思っていた。

 亮介は悩んだ。そして、ある決心をしてナイロビを後にした。(つづく

 

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